「コメント」に育てられた YouTube アップの朗読

YouTubeに朗読をアップし始めたのは、実は2014年にチャンネルを開いて以来なので、結構長くアップしてきました。
とはいえ、つい最近まで、まったく見向きもされず、検索しても、どれだけスクロールしても絶対に出てこないようなチャンネルでした。

ところが、なぜだか分かりませんが、2年ほど前に、岡本かの子の「鮨」をアップしたところ、1万回ほどのご視聴をいただきました。(残念ながら現在は削除) 時々こんなこと(AIがチャンスをくれること)があるそうです。問題はそのあと、それを維持できるかどうかなのですが、「山本周五郎作品」をアップし始めたところ、運よくなんとか続けてご視聴いただくことが出来ました。

ここまでを振り返ってみると、有難いことにたくさんのコメントを頂戴しました。作品への感想や作品理解についてのコメントは、見落としていた発見があり、作品の理解が深まり、とても勉強になりました。そしてなにより、朗読について褒めてくださるコメントは、ホントにほんとに元気が湧いてきました。一方いろいろ失敗も多く、いただいたコメントには身が引き締まるものもありました。でも考えてみると、そういうご指摘を参考にして改善したからこそ、現在のチャンネルがあるのかなぁとも思えます。

そこで「為になったご指摘」をここにご紹介しようと思います。

1.作品中の中途半端な「セリフ」は聞き苦しいーーー演劇の経験はないのでおおいに反省しました。「セリフ」をどう表現するかは、朗読の核心にもなるので、このご指摘は今のチャンネルの重要な方向付けになりました。本当に率直ないいご指摘だったと有難く思っております。また突然大きな声がする、音量差が苦手と言う方もいるようなので、気を付けるようにしています。

2.読み方が早いーーー「山本周五郎作品」をお聴きになるのは比較的年配の方が多いようで、あまり早く読むと作品の世界を味わえないというご指摘は、とても参考になりました。ただ、YouTube配信では、時間帯によって、特に深夜、なぜだか再生速度がとても早くなることがあるようで、自分の作品が、作ったときとは違って聞こえたこともありました。また人によってはゆっくり過ぎる読み方は好きでない方もおいでだし、難しいところです。 

3.声が小さすぎるーーーテレビでYouTubeをご覧になる方から、音量が低すぎるというご指摘があり、さっそく自分もテレビでYouTubeを見られるようにして(AmazonのFire Stickをつけて)検証したところ、本当に声が小さいのです。で、以降は音量を上げるようにしました。最近はテレビでYouTube をご覧になる方が増えているようで、とてもよいことをお知らせいただいたと思っています。

4.朗読する作品のリクエストをコメントでいただき、新しい作品と出会えたり、手を出しかねていた作品を読むとても良い機会となりました。

5.アップに不慣れだったころ、マイクの扱いや動画作成がうまくできなくて、雑音がひどいとのご指摘がありました。慌てて自分の動画をよく聞いてみました。確かにひどかった。マイクも7~8本買って試してみました。マイクとの距離やら、録音の精度やら、どうしたら快適に聞いていただけるか、それは今もいろいろ工夫している最中であります。

6.漢字の読み方が適切でなかったなどのご指摘も、とてもありがたいものでした。周五郎作品や時代ものに不慣れでしたので、当時の送り仮名や言葉そのものを知ることができ、本当に勉強になりました。

これからも作品をたくさん仕上げてアップしていくつもりです。いろいろなご指摘はMMC SUKOYAKA を励まし、育てていただくものと思います。今後とも、「YouTubeチャンネル」そしてこの「ホームページ」、どちらも応援いただければとても嬉しく思います。ご支援を心から感謝いたします。ありがとうございます。

「コメント」に育てられた YouTube アップの朗読” に対して4件のコメントがあります。

  1. 井澤忠次(tad esan) より:

    朗読はかなりハイレヴェルな芸術であることを日々実感しております。とりわけ個人的な趣向では散歩の友となる点にあります。なるべく喧噪を離れた状況であること、リズムよく肉体に刺激を与えていること、その必然として脳(どこかの部位かは判然としないものの・・・)が活性化していること、これら相俟って普段の生活ではなかなか味わえない感情が沸きたちます。
    ただし、そこまで導いてくれるには条件があります。言うまでもなく心地よい声音。抑制のきいた一定のリズム。違和感のない滑舌。誤読ということが考えにくく無駄な神経に触らない点。これらに満たされているMMC様の朗読は秀逸としか言いようがありません。
    最近の読書にペルー人ノーベル賞作家<バルガス=リョサ>『密林の語り部』があります。アマゾン原住民をモチーフにしたスケールの大きな作品。文字を持たない民族にとっては、「語る」ということは一種のシャーマニズムにも結びつく重要な文化です。私の生まれ故郷にも同様の民族アイヌがいて、そこには偉大な【ユーカラ文学】があります。幼い頃抱いていた差別意識。その強い反省から生まれた高校時代の文化祭で表明したアイヌへの敬意。それはイヨマンテを模したかなり大掛かりなもので相当の月日も費やしました。したがって私はレイシストを憎悪します。 
    やや唐突で飛躍した内容を披歴しましたが、MMC様のチョイスから通底するものを感じ取ています。まことに僭越で厚かましい言いようですが、かの子の作品・南吉モノ等々から感じ取れる私の直感であり、好感です。周五郎では『樅ノ木・・・』より『さぶ』が・・・。うるさい好みですね。
    『蜜柑』は、感じの悪いヤツが目を見開くきっかけを確実に受け入れたことが感動であり、淡々とした語り口が作品を更に分厚くしていました。リクエストしてよかったとつくづく感じましたが独りよがりの思いも少し有ります。
    ところで、岡本かの子の『鮨』聴きたいです。また、いつの日か直哉の『小僧の神様』をMMC様独自の解釈で味わいたくも思います。
    どうか長くゆったりと楽しませてください。
      《追記》  私もAmazonのFire Stickで視聴することがありますが、その折にシークエンスに対応した人物表記があればいいなと感じることがあります。
     

    1. MMC SUKOYAKA より:

      井澤忠次(tad esan)様
      コメントを入れていただき、本当にありがとうございました。井澤さまの散策のお供をさせていただくことはとても光栄です。「語る」が持つ力を、朗読を続けるほどに、実感しております。また自分が選ぶ作品群から、背景にある思いや信念(というほどでないですが)を感じ取っていただいていることに、背筋がしゃんといたします。

      テレビでご視聴の折、画面の中に人物の説明が入っていると分かりやすい、とのご指摘は本当にその通りと思いました。それで早速今回アップの「ひやめし物語」に取り入れました。やっぱりコメントに育てていただくのですね。

      「鮨」はあまりに稚拙でとてもお恥ずかしいのですが、MMC SUKOYAKAチャンネルの原点ということで、「新着」のところへ入れることに致します。よろしければご視聴いただければと思います。ありがとうございました。

      1. 井澤忠次(tad esan) より:

        『鮨』の語りはゆったり感があり、ほのぼのとした良さを味わえました。私自身かつて常連としていた鮨屋があり長く通いました。そのため鮨屋事情がよく分かり身近な気分で楽しめました。

        『風鈴』は何故YouTubeから削除する事になったのでしょうか。最新アップの 『ひやめし物語』と色々な意味で対称的で、周五郎の楽しみ方として視聴者には垂涎モノと言えるでしょう。

        この両者には作家の違い、作風の違い、それぞれ決定的な<違い>の要素が有りますが、並べて味わえる《滋味》が感じられ、MMC様の人生観の様子に踏み込めたようでもあります。ささやかな肯定感がすこやかな安堵感につながること。それでいて無常の中にある人生そのものを見つめなおせるチャンスもまたなかなかのものであること。いつか語られた「ピンチがチャンスに!」が体現されているようです。

        『ひやめし物語』の人物像その他の「ガイド」は、特に今回のような多人数設定にあってはとても良い試みだと思います。言葉遊び部分についても然り。テレビを高座に仕立てて楽しめました。

        制作する過程で、我々視聴者を楽しませていただける工夫や心意気に感謝しつつ、ただの受けてのみの立場が心苦しいばかりですが、「『コメント』にそだてられた」というお気持ちに報いたく所見を綴らせていただきました。

        1. MMC SUKOYAKA より:

          井澤忠次(tad esan)様
          9月23日のコメントをありがとうございました。いろいろ書きたいこともあるのですが、まずは取り急ぎ「御礼のみ」お伝えさせていただきます。ありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA