第20章
【狸店にて】
主水が縁談を断ったとお秋はお千代に伝える。夜なきそば屋やぼて振りを助けてくれる店に義理があるからとの理由だ。それを聞かされたお千代は、お秋が主水に恋心を持ち妨害しているのではと勘ぐる。そこへ主水をたずねて人がやって来て、何か訳ありなのだと察し、二人のもめごとは収まる。
20の1
主水正、津田大五、庄田信吾の三人が下屋敷にいる飛騨守昌治をむかえに行く。下屋敷詰めの相良大学が臆病口で彼らを中に招き入れ、昌治を連れてくる。しかし昌治は屋敷を出ることを断り、御新政一味は今大きな壁に突き当たっているから、もうしばらく待つようにと主水正に言い聞かせる。
20の2
昌治の身を案じる主水正に、一味は正治をころす自信も決意もないと云う。将軍家に目見えしていない松二郎や白痴同然の新太郎は立てられないからだ。これからは破れた腫物の治療をするようなものだから、主水は国許へ帰るようにと昌治が云う。帰国前、主水正に昌治が自ら筆写した杉田玄白の「蘭学事始」が届けられる。
20の3
国許の新畠に戻った主水正は、子を亡くしたななえの悲しみの心情を聞く。上方から来た関蔵が畠の芋の茎を鋤でなぎ倒している。四年も経っているのに新畠の開墾は進まず、むしろ後退していることに無力感を持ち、子供が癇癪を起しているように泣く。主水正は静かに言い聞かせる。
20の4
大水のとき大いに役立った堰堤が痛み、開墾が止まった事態を嘆く関蔵に、主水正は堰の工事を仕上げるし、新畠もちゃんと新田にすると告げる。刹那的と思われることでも本気で打ちこむことに意義があるのではないかと関蔵に説く。その夜ななえから新畠の変化した様子を聞いた。
20の5
桑島から元御用商人たちの集まりに主水正を招く手紙が届く。眠れぬ夜、主水正は努力してきたこれまでが無に帰するような虚脱感と自己否定にとらわれ、苦悶する。関蔵をなだめた言葉はむしろ自分をなだめるものだったと気づく。息苦しさに耐え兼ね、雨にもかかわらず、外に出た主水正は、この世は人が苦労して生きる値打ちがないと絶望する。
第21章
【縄屋半六にて】
縄屋という料亭に元御用商の桑島らと三浦主水正が集まり、現状の不合理性や将来について話し合う。桑島が領外へ持ち出した財産が相当あり、これは今後の改革の役に立つだろうと思う。だが藩主昌治がいつ戻るかわからず、先の見通しはたたない。
21の1
曲町の屋敷に主水正が姿をみせると、妻のつるはびっくりする。だが嬉しさと安心のために主水のそばを離れない。主水は「今夜は2人で本当の祝言をする」とつるに告げる。屋敷の者たちそれぞれの近況が知らされる。そこへ津田大五が金を借りにやって来、数日後に主水正が城中へ呼び出されるはずで、これは勝負どころだ、と云って去る。
21の2
不器用な2人は焦らずに真の夫婦になっていこうとする。若い頃の意地の張り合いについて今では恥じており、本当は主水を慕っていたのだとつるが告白する。主水はつるの長い苦労をねぎらう。いよいよ主水正は登城し、三浦家の本知700石の回復、そして書院番を命ぜられる。主水正の勝ちであった。
21の3
城に登り暗殺されるかもしれないと思った時、それまでの主水正の虚脱感は消え去った。波岡らの弱弱しい態度に「勝った」という確信を持つ。津田大五から手紙が届き、思いがけないことが起こったので早く来てくれとのこと。出掛けて行くと脱藩したはずの弟の小四郎が新畠にいた。
21の4
大五は侍をやめて新畠の開墾を続け、百姓になる決意を語る。主水正の実弟の小四郎一家もここで預かるという。江戸の狸店にいたお咲という女を女房にしたという。また何か事が起これば、主水正に助勢すると約束する。
21の5
本知を回復してもその格式にあった暮らしをしなければならず、むしろ家計は苦しくなるようだ。牡丹屋を除く四人の商人ともたびたび会い、彼らの焦りも目にする。太田と越後屋の年老いたのに気づき世代交代の必要性を感じる。正月、表書院で家老職に年賀の挨拶をするが、波岡と山内の間にあった空席が誰のものか気になる。
第22章
【滝沢邸にて】
主水正は御新政改廃について相談したく、長く病気で臥せっている滝沢主殿をたずねる。主水正は、幕府が旗本・御家人の借金を帳消しにした「非常法」に倣うとする。主殿は身体は弱っているが藩の情勢に精通し、判断力も衰えず、立派な見識を持ち続けていると主水は知る。
22の1
主水正のもとに太田巻兵衛や越後屋、佐渡屋から商いの損害の報告が届く。要領よくしっかりまとめられた報告書は息子からのもので、藩の保護を受けていた親世代に比べ、合理的で頼れそうだと思う。つるが突然やってきて身体をぶつけてくる。つるの身体に変化が生じているようだ。
22の2
夫婦として、おくての主水とつるはこれまでに年月がかかったように、これからも急ぐことはないと主水が云う。寒さの緩む二月、主水は堰堤の様子を見にゆくと、洗堰は損傷なくそこにあった。城下への帰り道、森番の大造と会う。
22の3
大造は主水が留守にしていた間の城下の様子を話す。御新政を喜ぶ声はつかのまで、悪くなった今の世の中を直してくれるべく、三浦主水正を求める声があがっているという。以前ぶつかったとき、身の危険を感じたように身構えた主水正が、ただならぬ事に巻き込まれていると大造は推察する。
22の4
主水正は大五の小屋まで足をのばし、新畠の様子を聞く。ななえが城下へ戻ったことを知らされる。堰のようすを伝えると、大五は家を出奔して侍をやめて本当に良かったと云う。さらに石原村の伊平をたずねる。
22の5
ななえは踊りの師匠の水木満寿弥のところへ行ったようだ。いい踊り芸者になって新たな人生を生きるだろうと主水は安堵する。先日新畠での「侍だというだけでも息が詰まる」という大五の言葉が気になったのは「滝沢父子」と結びついたかららしい。兵部のことが気がかりだ。つるは・・・
第23章
【西小路にて】
酒浸りの毎日をすごす兵部は不健康な容貌で、白髪さえわずかに見える。“はる”というその女の愚鈍さに嫌悪しながらも、西小路での自由気ままさに半年か一年のつもりが12年も続いている。しかし女との間に出来た子は兵部に敵意をみせる。
23の1
谷宗岳が「金を貸せ」と突然訪ねてくる。宗岳はすでに泥酔しており、兵部が主水正の妻にひそかに惚れているのになぜ横取りしなかったかと問い詰める。宗岳の江戸の妻が密通・出奔したことに触れて兵部は反撃するが、互いの妻をとりかえて、密通もどきを味わおうと誘われる。
23の2
兵部と宗岳は外へ酒を飲みに出かけると、森番の大造が二人の客に酒をおごり、話をしている。そのうちの一人が、この城下が不景気であらゆるものに運上(雑税)がかかり、病んで狂っていると不平をぶちまける。大造はそれに怒りその男をなぐりつける。
23の3
二人の男は去り、それに代わって兵部と宗岳が、山から薬草を採って売るので、飲む金に困らない大造のおごりで飲み始める。眼前の男が滝沢元城代の嫡子兵部であることを知るが大造は意に介さず、居酒屋で見聞きした面白い話を続ける。
23の4
兵部は酒に酔った勢いで山へ連れて行ってもらう。森に囲まれた山の空気は清浄で、兵部の身体の中の毒が洗われるように感じる。梅の井で大造の云った、この藩の世直しをするえらい人が誰かとたずねる。また大造に案内されて城下を展望できる台地や森の谷へ行ったりする。ある日、鷹が小鳥を襲う場面に出くわし、生と死の交差する瞬間を見る。
23の5
兵部は樹が人間のように呼吸することに気づき、地面から動かず人間の「じたばた」をずっと眺めていると感じる。山の暮らしに飽きた兵部は7日めに山を下りる。戻った西小路では不在の間の兵部の生死を心配した様子もなく、父親からも見放されたと兵部は一人ぼっちの孤独を感じ、また腐ってゆく世の中に対しても無力、誰からも必要とされない自分に絶望を感じる。
第24章
【阿波重にて】
領内の料亭「阿波重」に江戸から来た若者を呼び、波岡と安西は材木切り出しの不正をでっちあげ、飛騨守昌治の側の人間たちを陥れようと画策する。卍屋・福屋も呼んでいるが、この上方商人はしたたかで、御家老たちを手玉にとるようだと座の芸者衆が思う。
24の1
小出方正が主水正をたずねてくる。びっくりするほど老けており、立ち歩きのできるうちに主水に会いに来たという。要件は主水の実家の阿部が絶家になった折の、阿部家の蔵書の処遇について知らせることだった。少年時代、小出にたしなめらるほど出世欲を持った訳を、主水は初めて小出に語る。
24の2
他人の噂話などしなかった小出が家中や世間の出来事を細かに話している。そして同窓だった者たちが収まるべき地位に収まっていることを知り、主水は喜ぶ。岩上六郎兵衛が尚功館の武術師範にあがったことが気がかりとなる。登城したおり、主水は安西から幕府の国目付が来て調査をして、警告を残して帰ったことを知らされる。
24の3
藩主が重病なら隠居して跡目を立てよという警告に、どう切り抜ければよいか安西は主水正に意見を求める。松次郎もその嫡子も跡目にはふさわしくないことは家中に知られており、六条一味は窮地にある。主水正はその動きを見極め対処するため、津田大五を江戸に送る。
24の4
本当の夫婦になったにもかかわらず、子をもうけようとしない主水に、自然の摂理で女は子をなしたいものとつるは訴える。主水の危うい立場では子の将来の安寧も保証できないし、自分自身も子により弱気になるかもしれないと主水は答える。
24の5
阿波重の満寿弥から波岡・安西らの密談を知らせる手紙が届き、山根蔵人の身の安全を心配する。ある夜、窓の外から若者たちに呼び出され、波岡・安西そのほかの重職を斬るつもりだと聞かされる。主水正は六条一味の命取りになるような困難な事情があることを伝え、思いとどまらせようとする。
24の6
六条一味の御新政は必ず破滅するから、斬奸などする必要はないと言い聞かせる。飛騨守昌治の安否を心配する若者たちに、殿は健在であり、ここで騒ぎを起こせば藩家の存亡を危うくするかもしれないと諭す。佐佐義兵衛が暗闇から現れ、不穏な動きを知った殿が改廃の断行を決意したと伝える。
