第25章

【阿波重にて】

波岡五郎太夫一味が料理茶屋「阿波重」に再び集まり、計画の変更を練っている。証人にしようとした元の材木奉行の信田十兵衛が病死していたためだ。主水正を警戒して城中に監禁してはという案も出るが、家中の若侍たちを刺激すると止められる。堰堤工事の汚職を作り上げるための書類操作を卍屋、福屋に命じる。商人たちは主水を御新政の味方にするべく金を渡したと報告する。

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米村青淵が82歳で病死する。主水正は藩の仮名代として弔問し、その帰り、万物は時の流れの中で一瞬もとどまらない、過去の騒動と御新政の因果関係を考えず、新しい情勢から改廃に向きあうべきだと気づく。自宅に帰ると津田大五が江戸から帰り、「同月同日に、東西同時に事を決行」の昌治の意向を伝える。一方で主水正は国目付によるゆさぶりから決行の時期を早め、9月にすると江戸に伝えていた。

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今度の改廃を、元に戻すのではなく新しい設計で百年ゆるぎないものにする、という自分の考えの正しさを主水正は確認する。だが、その不安と息苦しさに苦しめられ、雨のくぬぎ林でもんもんとし、大声で喚く。これまでに斬った7人の死の苦しみは一瞬だったろうが、自分の苦しみは死に至るまで終わらないと嘆く。

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自分たちの改廃ではその目的のために誰かの命を短くする必要はない。御新政が暴政だったことは返って自分たちに役に立つ、家中の者、領民も改廃を支持するだろう。津田大五が、こちら側の人名と波岡一味との名簿をつくり、主水正に届けてくる。大五からの実家の母が新畠で重病だとの知らせに、主水正は自分に母はないとつっぱねる。

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津田大五が調べて来た六条一味とこちら側それぞれの人名の書かれた帳面をもち、主水は打つ手の計画をたてるために5、6日山ごもりをするという。御新政改廃は転覆ではなく、新しい出発だから、断じて騒動を起こしてはならない、無事に押さえておく方法を考えている。主水は下男の重吉に荷を背負わせ、7日間の休暇を届け出て山へ入る。

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主水正は案内の者と梅雨の雨にぬれながら西の出小屋にたどり着く。中に入ると小屋の隅に、無断で種子を採取して捕まった男が縛り上げられている。主水のはからいでその男は放たれる。大造に森番小屋に来たわけを話し、無理に隠れるより、監視の眼にさらされるべく、大造が小屋を明け渡して、そこに主水が滞在することにする。その小屋で、ひどく苦しんでいる滝沢兵部が大造と寝起きしたことを主水は知る。

第26章

【平野屋にて】

谷宗岳が平野屋に行き、ななえである満寿次と二人だけになり、主水と別れた理由を尋ねる。流産したり幼子を死なしたりで、もう子どもを持つのが怖いからだ、とななえは答える。主水が中老になり六条一味に寝返ったと誤解する谷宗岳をななえは正すことができない。

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谷宗岳とは別の部屋で、主水正がななえと二人になる。未練が残り、つるのことを聞きたそうにしているななえを残し、主水正は平野屋を出る。ななえが身を引いて主水の道は大きく転換したが、それは運が開けたのではなく、自分の力で道は開くのだと主水は思う。

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兄を主水に殺されたと恨みを抱く弟の江木丈太郎が主水に挑む。だが背後から大五が丈太郎をねじ伏せる。その大五が主水を白鳥神社へつれてゆき、江戸から来た使者の杉半兵衛を引き合わせる。江戸の昌治は改廃の時期を早めるという、その理由を佐佐が推測して言うには、松平定信が老中を辞任し、青山大膳亮の勢力が強くなったからだと。

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改廃の時期を早めるについて、明後日曲町の主水正の家に集まって相談をすることになる。青山大膳亮というのは、江戸の殿が初めて将軍家におめみえをするとき、披露の役を務めた人だと主水がみなに伝える。翌日の夜、佐渡屋、桑島らも集まり、繰り返し計画の実行について検討をする。そこで主水は堰堤工事に女人夫を入れるよう桑島に手配を頼む。

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曲町の三浦家に佐佐らが集まり、その中の江戸から来た小林美樹太が贋の幕府国目付をまとめた顛末を語る。殿から届いた「上意」の書を確かめ、明日江戸に帰る杉に、八月五日に決行する旨を殿に申上げるよう頼む。そして当日のそれぞれの役割を確認する。

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いろいろと手配に気を配り、くたびれはてて主水は帰宅する。主水は自分の人生を「背伸びをして、ながい坂を登ってきた」と述懐する。つるはそんな主水に女性としての母性を発揮し、乳房を吸わせ、抱きしめてなぐさめる。二人がこのように互いを理解し、受容するまでにはこれまでの年月が必要だったと語り合う。

第27章

【昌治出馬】

昌治は庄田信吾一人を連れて青山大膳亮の上屋敷を訪れる。大膳亮は昌治が将軍家にお目見えを賜った時の披露役を務めた人物なので、それが昌治本人と証明出来る人物である。そして足がために忍びで出てきたので帰邸にあたり、供をつけてもらい、青山家の紋のついた駕籠に乗って昌治自身の上屋敷に入場を果たす。

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同じく8月5日国許で計画どおりのことが行われる。三浦主水正は上意書を持った小林美樹太を同伴し登城する。岩上はじめそれぞれが各々の担当場所に行き関係者を召し出してくる。8月5日の改廃は何の抵抗も騒ぎもなく無事に済む。

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主水正は枯葉の舞い散るクヌギ林の中で苦悶に襲われる。このクヌギ林を作った下男の弥助の思い出から森番小屋の大造が云った「見たこともないほど苦しんだ」滝沢兵部のことを思いやる。江戸から庄田信吾がやってきて江戸の改廃が成功したことが伝えられる。

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滝沢主殿を尋ね、江戸と国許で同時に行われた改廃が成功したことを伝える。滝沢主殿は仕上げを慎重に行うべきことを助言する。主水正は滝沢の息子の兵部について話したかったが、話す隙がなかった。帰り道で弟の小四郎に金をせびられる。

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新畠に出かけた主水正を肉親への慈しみがないと大五が責める。そして金をせびりに来た小四郎が酔って刃傷沙汰を起こし逃げたことを知る。このようなことを改廃のあとの自分への「飛礫」と思い、改廃の仕上げが終わったら職を辞す決意をする波岡たちの審問に山根の父親を主席で行い、その威厳が奏功しうまくいった。卍屋福屋らには上方へ密送した金を取り戻すことを厳命する。

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家に戻ると山根の父が来ていて祝いの宴を設けている。客は佐佐、小林、河内そして柳田帯刀。山根は自分の一生に一度の喜びだと祝福する。そこへ谷宗岳が来て金をせびる。主水正にはこれが「第二の飛礫」のように感じる。

第28章

【夜の静かな雨】

山根の父による祝宴のあった夜、つるは強引な父の行いを主水にわびる。しかしそれには隠された意図があった、つまり主水の位置をみんなに認めさせようとしたためだと主水は云う。名門の二家と主水を上座に並べ、自分が上座に下がってはっきり示したのだと。しかし主水はこの御用が終わったら身を引くつもりだとつるに告げる。

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文化14年3月飛騨守昌治が帰国し、重職はもとより平侍に至るまでの藩士達から直接祝いを受け、また労いの言葉をかけた。しばらく休養していた主水を佐佐が訪ね、殿の登場せよとの言葉を伝える。主水は卍屋始め御用商人どもが不法に上方へ送った資金のほとんど全額を取り戻した。主水には武家経済の行き詰まりが分かっているが、御恩嘆借願で不正を行った元の御用商人たちの処罰も考えなければならない。

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その処罰は重くはしないがするべき時期が大切で、前もって桑島を呼び吟味について伝える。桑島の息子は親たちのをしたことであり、吟味は受けると云う。その後、座敷に出たななえと2人になり言葉を交わす。職務に疲れ早く隠居したいと思う気持ちが、阿部の父と同じだと気づく。主水も父と同じようにまた釣りに出かけ始める。

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釣りから帰ってみると曲町の家に飛騨守昌治が来ていた。昌治は愛用の盃を与え主水に城代家老になることを命じる。城代家老は才知があるだけでは勤まらず、家柄・血統は言うまでもなく、人に信頼される者でなければ勤まらないと主水は断る。

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城代家老就任を辞退する主水正に飛騨守昌治は、小三郎だった主水を登用する時から城代にするつもりだった、辞退は許さぬと云う。主水は殿の意志を理解し、ただ六七日の猶予を欲しいと願い出る。昌治から江戸で世継ぎとなる男児誕生を知らされる。主水は堰堤の工事現場を見に行くが、七という若者を思い出しその後を尋ねると、七が江戸の主水を訪ねてきたらしいことを知る。

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工事現場は生き生きと活気があふれていた。主水の女人夫を入れる思惑が当たったようだ。新畠で大五を見つけ、手助けを頼む。主水正と大五の2人は白壁町の梅の井に行き、滝沢兵部を力ずくで連れ出す。酒に溺れた兵部が役に立つとは思えないと大五は言うが、主水にとっては滝沢兵部が必要なのだという。

第29章

【梅の井にて】

森番の大造が相客に酒をおごりながら、機嫌よく酒を飲んでいる。梅の井にいた滝沢兵部を三浦主水正と津田大五が担ぎ出していったのを大造は見た。大造は主水正と兵部の2人が別々に成長して行くのを見てき、そして今夜その2人が一つになり藩政を支えて行くだろう予兆を目撃して、たいそう満足する。

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主水は滝沢兵部を自分の家に連れ帰り、ひたすら眠らせる。食事も与えず、もちろん酒も禁じ、水だけを飲ませる。これは真剣勝負だと言い、主水自身も飲まず食わずで、着たままうたた寝をするだけだ。兵部は酒を求めるが決して与えない。兵部は少し正気になり相手が主水正と認め、憎しみをぶつける。

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医者を呼び、断酒断食の事情を話し、診察を乞う。兵部の厳しく躾けられ、鍛えられた身体は芯まで毒されてはいない。医者から葛湯から始める食養生の要領を聞き、兵部に与えるが、受け付けず暴れる。しかし最後のあがきののちにはおとなしく従い、主水正の城代家老の次席についてほしいという頼みを聞く。

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登城すべき期日が迫って来たが、二日ほどの日延べを願い出る。兵部の酒の毒はほぼ抜けたようで風呂に入りたがる。そして食事をする段で、つるが給仕に来ると兵部はたいそう狼狽する。酒をすすめても飲まず、これまで酒を旨いと思って飲んだことはなかったと告白する。兵部が泥酔して主水の家に連れて来られた最初から、大体のことは分かっていたし、伴走する主水がいつまで続くかと疑っていたという。そしてとうとう兵部は次席家老引き受ける。

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城代次席家老を引き受ける条件として、西小路にいる家人を正式に妻子として認めるよう願う。承知した主水正は冠町の滝沢主殿に会いにゆくことを第一の踏み石として求める。西小路に杉本をやってその事を伝えると妻女は泣いたというが、苦労を知らないつるにはその気持ちがよくは理解できない。

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翌朝、主水正は兵部とその妻子を伴って主殿を訪ねる。兵部は主水から借りた着物と袴をつけ照れている。主水は「立派だ」と心から褒める。和解し友となった二人は式日のみ上下の席に座ると主水正が云う。主殿に対して、主水は城代家老を引き受けるが、平侍あがりの自分に血筋のよい兵部が片腕として必要なことを伝え、面会を果たす。主殿は主水正の厚意に謝する。

【主水正登城】

熨斗目麻裃をつけて登城する主水正は、途中で泰安寺の玄常和尚に出会う。寺領社領が除地の制度は変えていかなければならないことを話すが、改革を無暗と急ぐべきでないことを御新政で学んだ。城代家老として多くの仕事が待っている。うまく処理しても時勢の変化により修正が必要となるだろう。自分はこれまで懸命にながい坂を登ってきたが、登り詰めた今、自分の前にはもっと険しく、さらにながい坂がのしかかっていると主水正はつぶやく。世評には、徒士組からの成り上がりと見下す目もあり、主水正の苦難は果てしなく続くのだろう。