第5章

【佐渡屋仮宅にて】

五人の御用商人が集まり、先日の大火のおり、まだ二十歳にもならない、しかも平侍育ちの若者が見事な事後処理をしたことを語る。これまで金と物で重役たちを取り込み、藩の財政を押えて来た彼らにとって、そのような者の存在は脅威になるかもしれないと情報を共有する。

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主水正は一人で白壁町(遊興街)を見廻るが、それはあらぬ噂が立ちやすいので用心すべきところだ、しかし郡奉行与力から町奉行与力へ転任を命ぜられたので、その職務の一環である。すると番小屋で大声で暴れる者がいるようだった。

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森番の大造は薬草を集めて町の薬種問屋に売り、入手する金で時々酒を飲みにやってくる。その日も梅の井という店で酒を飲んでいたが、顔なじみの客ともめ事があり、その仔細をうったえている。そこへ八歳ばかりの少年が助けを求めて飛び込んで来る。

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「七」と呼ばれる少年から、先日の大火のあと、親を亡くした子供たちは、それぞれ町や村の家々に預けられたが、十分な食べ物も与えられず、ひどい扱いを受けていることを知る。役所の仕事として預けて終りではなく、その子供たちをなんとかしなければならないと主水正は思う。

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主水正は仁山村から寺町へゆく途中で、馬に乗った山根の娘つると道で出会う。つるは高飛車な物言いで鞭を拾ってくれと頼むが主水正は断る。寺町にむかっていたのは、仁山村の米村青淵の助言で、孤児の家を建てる相談をしに宗厳寺の石済和尚を訪問するためであったが、後日それは完成する。

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子供部屋はうまくいっていた。子供たちは衣食が保障され帰る場所があることで、安心して外へ働きに出るようになる。さらに主水正は子供たちを教育し、手に職を付けさせる算段をする。3年も経つうち自立してゆく子も出始め、また新たに親を失って子供部屋を頼ってくる子もある。

第6章

【森番小屋にて】

小屋頭の平作と大造は滝沢の若旦那と主水正の噂をする。滝沢は生れの素性がいい。一方、主水正は成り上り者だし、知恵が廻り過ぎて信用ならないと平作はいうが、大造はそれは世間知らずだと反論する。世間にはよもやと思うような出来事もあると。

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三浦主水正の新築の屋敷にて山根つるとの祝言が行われるが、それは重臣たちの列席にもかかわらず、華やぎもないあっさりと冷淡なものだった。新婚の夜、主水正は新嫁に家政倹約を命ずるが、当のつるはそんな生活には慣れていないとつっぱね、さらに、主水正が二十五歳になるまで本当の夫婦にはならないと宣言する。

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娶ったばかりの妻から拒絶され、また勘定方の役所でも同僚から敬遠されるであろう苦難を主水正は予見する。その重荷から逃げ出したいとさえ思う。しかし自分は弱いめめしい人間だと認め、味方もないが自分ひとりでこの道をゆくだけとあらためて覚悟を固める

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帰国した藩主の昌治は捨て野に井関川の水を引くことに興味を持つようになるが、主水正に今はその時でないと考える。妻のつるは夫をあざ笑うように、散財と遊興を重ねる。良人を無視する妻の態度を受け、主水正は「何か困ったことでもあるのか」と問うた森番大造の言葉を自分に重ねる。

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主水正は役所で帳簿の腑に落ちない項目を見つけるが、まだそれが何かは分からない。妻は相変わらず主水正に挑戦的態度のままで、触れば火傷をしそうだから気のすむのを待つしかないと思う。

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主水正の家に谷宗岳がやってくる。宗岳はすでに酒に酔っており、彼流の女性への見識を述べる。また、名門の夫人も売女も同じで、むしろ売女の方に人間らしい者が多いなどと云う。その言葉に江戸にいる彼の家族への嫌悪を主水正は透かし見る。

第7章

【滝沢邸にて】

滝沢荒雄は4年前の元服で名を兵部友矩(とものり)としている。父にとっては今だ庇護の必要な幼い存在にすぎないとたてつく。自分が4代目城代家老になるよう内外から期待され、父の教育方針で育てられ、特別な存在とされている。同じ年ごろの普通の若者のように生きられない、「父上の意志がかたちになって在るだけ」と積もり積もった不満を父である主殿にぶつける。

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屋敷への帰宅途中主水正は母に呼び止められ、弟の小四郎がぐれてよくない友達と遊び歩くが、少しでも叱責されると身体の弱さに逃げる。また父の小左衛門はまだ45歳の働き盛りと見えるのに、隠居したいと云い、主水正に家族の問題をなんとかしてもらいたいと頼んで来る。主水正が屋敷に戻ると妻と他の婦人たちが商人を呼んで買い物をしていることを知る。

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妻のつるは家計の切盛りもせず、家に商人を呼んで女友だちと高価な買物三昧だが、その支払いがどこでされているかには無頓着である。それを叱責すると自分はこれまでそうやって欲しい物は何でも手に入れて来たと、返って平侍の長屋ぐらしとは違うと反論してくる。

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主水正は阿部の家に行く。相変らずみすぼらしく汚いその家で自分は育ったことを認識する。働くことを厭い釣に逃げるような父の愚痴を聞かされる。主水正を運がよかったと父は云うが、もしここを出ずに生涯を送れば、安穏な日々があったかもしれない。だが自分はここを出、その代償の重荷を背負う人生を自ら選択したのだ。

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阿部の家にある蔵書を売れば金になるという話を主水正にする。だがこれは出世をした我が子から金を引き出すための拵え話と推察される。また出世した息子の引きでいい役にありつきたい、そうでなければ遊んでいたいらしい父を見て、主水正は幻滅する。弟の小四郎も兄に敵意を見せる。そして時が経ち、主水正も自分の周囲の人間や物事に気が廻るようになり、下男下女たちの様子が見えて来る。特に働き者の下男弥助の働きぶりが好もしく思える。

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藩主正昌治の前で落馬し、滝沢兵部は面子を傷つけられ、主水正に怒りを感じる。藩主が江戸で調べた御用商人たちの不正を主水正に知らせる。主水正もうすうす感づいてはいたが、重臣たちと御用商人たちとの長い年月にわたる癒着は簡単には解消できないと考える。へたに動くと、秘事を消し去ってしまう恐れもあると藩主に進言する。

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御用商人たちが御恩借嘆願により利益を懐に入れるからくりが分る。新田開発により藩が豊になるのは彼らにとって好ましくないので、堰の工事は潰されかねない。井関川の視察にいくため、堰の図面を持った主水正と共に、藩主は搦手(城の裏門)から忍び姿で出かける。だがその途中、昌治は刺客に狙われる。

第8章

【銀杏屋敷にて】

銀杏の樹のある屋敷で大身の武家の男女が大騒ぎをしたり、一目を忍んで男女二人がやってきたり、乱脈な遊びをしているらしい。井関川で3人の侍の死体があがった。どれも腕の冴えた者の仕業のようだ。この事実は闇に葬られるらしい。屋敷の女主人が何者かは謎だが、藩の中枢とつながりがあるらしく、これらについて知っている。

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主水正は夏の終りからひと月以上家にこもって藩主から命じられた調べ物をしている。というのは偽装で、実は井関川で討手を仕止めたときに相手から斬りつけられた傷の養生をしている。この調べ物の「拾礫紀聞」の抜き書きから、それまで気付かなかった事実が見えて来た。しかし核心部分が書かれたの本が紛失していことがわかった

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調べ物に主水正の家に通っていたのは、岩上六郎兵衛と中村木多雄の二人。傷の全治の祝いの席で中村は尚功館の同窓だと告白する。岩上は江戸での「殿のふところ刀」と自称し、主水正も国許で殿に手綱を握られて引き回されているのだと告げる。

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11月になり「平野屋」に谷宗岳から呼び出しがある。宗岳は五人の女に囲まれて酒をのんでいるが、その中に主水を幼い頃から知って居る者がいるから、当ててみろと言われる。そのしぐさから「ななえ」か、と思うが確信はない。そこへ岩上がやって来る。

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岩上も主水正も谷宗岳に学んだということで、岩上は主水正との密会の場に宗岳を利用する。その酒席に藩の御金御用商を勤める桑島三右衛門が現われる。主水正と引き合わせるためのようだ。主水正の幼馴染で今は芸妓をしている女は桑島の手引きでを連れて来たらしい。

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主水正の居間に妻のつるが現われる。自分に不満があるようだが何も云わないのは卑怯だとなじり、銀杏屋敷にゆく自分のあとをつけさせたと疑う。しかし主水正はそれを否定する。つるは意気込んで来たものが空振りに終わる。しばらくぶりで尚功館に道場に出ると、太田良助が来て、滝沢たちが主水正をねらっていると忠告する。

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待ち伏せされて主水正は人気のない大馬場へゆく。殿の御前で笑われたことを恨んでいる滝沢からはたし合いをのぞまれる。生れながらに恵まれた滝沢とちがって、主水正は自分の力で学問も武芸も会得した、その違いを見せるとそれを受ける。そこへ太田良助が人が来ると知らせ、滝沢を立ち退かせる。翌年2月主水正は藩主の供をして江戸へ立つ。

第9章

【梅の井にて】

森番の大造が梅の井の相客に向かって、井関川で見たことを語る。二人の武士が三人に襲われ、大造の知っている若い侍(主水正)が脇差しかもっていないのに、場所の利をうまく使ってみごとにさばき、あっという間に三人を片づけたと話す。その内容に興味をもつ男が居合わせる。

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2年後、主水正は町人姿になって、極秘に帰国し、仁山村の米村家にやってくる。しかし青淵には詳しいことが知らされていない。また青淵自身も変心し危険な事に巻き込まれるのを怖れている。井関川に堰を造ることには反対の様子だ。

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主水正もはじめは、今急いで堰を造ることに反対していたが、江戸で、政治の内側も知り、藩主昌治の内心を明かされて、やむなしと思い始める。現在利得を得ている者たちはそれを守るため、変化を極力避けている。その均衡をやぶらかければ、藩政の改革は出来ない。その第一の方法が「堰」を造ることと藩主は云う。

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先に帰国した主水正は仲間や器材が到着するのを待つあいだ、井関川から捨て野を歩いて見て回っている。すると、武高伊之助と釣りにきたことや、藩校の先生方のことなど昔のことを思い出す。或る日、母屋の召使の一人が主水正に話かかけてき、武高の家の事情でななえが鳥越えの踊りの師匠にもらわれ、いまでは客座敷に出て、芸者のようなことをしているなどと話す。

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江戸から荷物とともに仲間三人が到着する。それぞれが江戸で分担して技術を学んできている。この工事での難所は、水を棚瀬で堰止め、分流を作ることだと分かる。戌山藩で同じような堰を作った例があるとのことで、佐佐と主水正が視察に行く。

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戌山の入香沼の工事は殆んど参考にならない。宿へ帰ると佐佐は酒を飲み、女を呼ぶ。女は二人くるが、主水正はその女たちをもてあます。明くる日、国許へかえると幕府の命令で全国の藩に領土測量の命令が出ており、それは秘密にやる必要がなくなるが、棚瀬の堰止めという難事業には注意をおこたらず取り組むことにする。