第15章

【阿部家にて】

弟の小四郎が跡を継いだ阿部家では、隠居した父は釣りだけに精を出し、老いを深めた母は無気力に良人に従う。白壁町の女を新嫁として連れ帰ってきた小四郎は、酒に酔い、両親を召使扱いする横暴ぶり。蔵書を読みに来ていた小出に、借覧料を請求する。

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つるは主水正が花木町に女を囲っていることを知り、主水正に説明を求める。主水正はその家は御用商人たちのもので、女は彼らが雇っていると説明するが、そこに泊ることについてはうまく言い逃れる。いつもなら居丈高なはずの、つるの様子が違っていることに、主水正は驚くが、そのまま谷宗岳の見舞いに出かける。

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宗岳は医者から余命百日と脅されたといいながら、寝たまま酒を飲む。尚功館を退いたあとの生活は退廃し、余命を宣告された今、死の恐怖から自分を解放しようとする言動に主水正の胸は痛む。主水を呼びつけたのは、巳年の騒動の真相を聞かせるためで、聞いたあと主水は重い荷物を背負わされた気分になる。

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藩主父子も知らされていない巳年の騒動の秘事。それと関わりがあるのか、江戸屋敷の一部で佐渡守昌親の長男松二郎を藩主に直そうという動きがあり、昌治の命が狙われているらしい。一連の騒動の渦中に主水正はすでに巻き込まれていると認識する。そのような立場に至った自分が、成熟し視界が大きく開き、まさに生きていると感じる。

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猪狩又五郎が、堰堤工事のさらなる妨害の証拠を主水正に見せる。妨害を指示する人物が自分たち4人の中にいると主水正に示唆するが、主水正は、妨害の目的と理由のほうが大事で、人物をあぶりだすのは得策でないと猪狩を説き伏せる。

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冬場も山岳地帯の測量を継続するため、山へ入る。その前に花木町に泊るが、そこへ予定通り御用商人たちが集まる。主水正はそこで、普通なら知り得ない情報を入手していると知らしめる。洪水でダメージをうけた製紙業者たちが、御用商人の専横を藩に訴えようとしていること、幕府の貨幣改鋳の影響が藩の経済を混乱させているのではないか、など。それは御用商人たちへの警告でもある。

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江戸でも藩でも、混沌として判然としない事態が動き出している。また、主水正自身のまわりも、宗厳寺の和尚の危篤、谷宗岳の余命宣告、ななえの妊娠と、大きく変化しようとしている。人の力によって起こされている「渦」は人の力で抑制しなければならない、がどうすればいいか、主水正は絶望的な孤独感に襲われる。

第16章

【梅の井にて】

森番の大造が梅の井で飲んでいると、三人組が、城下が浮足立つのは御家中に穏やかでないことが起って云う証拠だと大声で話している。大造がくってかかると、穏便にすませようと謝って立ち去るが、店の女はその三人組がいつもわざと聞こえるように話しているし、腕っぷしの強いのがいるから構うなと伝える。

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主水正が曲町の自宅のくぬぎ林の中で落葉の舞うのを眺めていると、見知らぬ男が庭に入り込み近づいて来る。江戸から来た身分の高い侍のようだ。まもなく五人の刺客が主水正を狙って江戸からやって来る、また城代家老が交代し、堰堤工事は廃止されるだろうと伝える。

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その庭へ芳野が茶菓をもって来、小出方正の来訪を伝える。小出は庭に出て来て、谷尚岳の病が回復し子まで設けた近況を伝える。来訪の目的は、主水正の実家の阿部の蔵書が売られ始めているので、その散逸を防ぐために助力がほしいと主水正に頼むため。

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庭に無断で入ってきた男の指定した白鳥神社に行くと、岩上六郎兵衛が待っている。先の男が江戸家老・津田兵庫の弟の津田大五だと紹介される。事を起している首謀者は御先代の側用人の六条図書。彼らは巳の年・亥の年の騒動の原因である松二郎擁立を企んでいると大五が云う。

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大五から江戸の情勢を聞いても松二郎擁立派の人名や数など詳細はわからない。何十年ものあいだ抑えられていた力が噴出し始め、城代家老の交替や堰堤工事の廃止が見込まれているが、それが現藩主昌治の意思かどうかもわからない。大五から強く力説されて、主水正は家族ともども身を隠すことにする。

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主水正が滝沢主殿を訪ね、「拾礫紀聞」の七冊を見せてもらう。主水正は知っている事の内容を主殿に話す。概ねその通りだがと、主殿はありのままの事実を主水正に語る。将軍の子を身籠った側室を娘だとして二代にわたり藩主の正室に迎えた。そして跡継ぎの血統を重んじた忠臣たちにより、二度の騒動が起こされた。しかし主殿は自分の息子のことから、家名血統を重んじるのは迷妄と断じる。

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藩主昌治は男児に恵まれず、それが跡継ぎ問題として、今また一味が動き出す原因になっている。それと共に権力掌握の目論見があり、へたに防御に動くと公儀の介入に持ち込むかもしれず、下手をすれば御家騒動とみなされる。藩主昌治がどのようにしているかは不明。彼らの謀略に対抗するより、そのしっぽを押えるほうが現実的か、と主水正は考える。そして小太郎、ななえと共に石原村の伊平の所へ移っていく。

第17章

【喜の字の祝宴】

仁山村の米村邸では青淵の喜寿の祝いを盛大にしている。それとは別に隠居所に六人の侍が集まっている。猪狩が花木町の家が襲われたと伝える。堰堤工事の妨害を佐佐が後ろで糸を引いていたらしく、その廃止も一筋につながっているようで、今日ここに六人が集まることは通報されていると考えられる。青淵本人が現われ主水正に話があると云う。

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ほかの五人が帰った後青淵が話すには、青淵は滝沢主殿を訪問し、その年老い弱気になっている姿に心が痛んだという。主水正への用件は、江戸の一党は来月の殿の御帰国と同時に改変を行うらしく、その下拵えを進めている。その流れはもう止められないが、その計画の穴をみつけ崩していけるのは三浦主水正しかなく、それを恐れる一味が主水正の命を狙っている。上方への逃亡を勧めるが主水は領内にとどまるという。

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石原村の板倉に住む主水正の地続きに住む孝助は怠け者。分家が続き、怠けて放蕩したせいもあり、田地をかなり減らしている。もともと中農の多かったこの土地で農業人口が増えたにもかかわらず、耕地は限られてい、分家をくりかえした結果小作農が増え、貧富の差が拡大している。

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怠け者の孝助が主水正に話しかけて来る。怠けるにはそれなりの言い分があるようで、別の怠け者の怠けぶりを語るのには主水正も苦笑する。そういう冷めた目でみても、堰堤工事の凄さにはびっくりしたと云うし、今度はその堰を廃止することでは、侍なりの事情があるだろうと理解も示す。

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ななえが流産した女児を思い、いつまでも忘れられないのを、主水正は自分の堰堤工事への未練と重ねあわせる。岩上六郎兵衛が訪ねてき、山根蔵人が江戸詰めになり、六条図書以下九人が飛騨守の供をして国入りをしたことを伝える。しかしその殿は国許の家臣の前に姿を現さず、遠目に見た姿は違う人のようだと岩上が云う。

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岩上の話から帰国したのは昌治ではなく松二郎がすり替わっていると推察する。或る日、伊平から妙な侍が二三日前からうろついていると知らされる。主水正は白鳥神社にいる大五への伝言を伊平に頼み、刀の手入れをする。そこへ板倉の外で何か動くものの気配がする。

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主水正は入口の一つしかない板倉から、筵を2枚かぶり入口のあけざま、それを反対側に放って目くらましをし、外へ出る。暗がりで相手の姿が見えないので、側の藁山に火をつけて五人の刺客と相対するが、板倉から小太郎を抱えてななえが飛び出し、それを人質に降参しろと迫られる。間一髪大五の加勢が間に合い、難を逃れる。大五は主水正にすぐにここから立退くよう指示する。

第18章

【奏安寺方丈】

宗厳寺の石済和尚と高野山で共に学んだ玄常の寺、奏安寺に江戸から戻った桑島三右衛門以下、御用商人がひそかに集まる。桑島は御用商解任、苗字帯刀召上げ、そして闕所の罰を受ける。桑島の後任は卍屋仁左衛門で、桑島が立退いた店に入るようだ。十五六年前の「御恩借嘆願書」が問題にされるようだと桑島から聞かされ、ほかの三人の顔色が変わる。

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すべてを失い、身の危険のある主水正は、ななえ、小太郎、おすみを連れて、津田大五のすすめる「新畠」という開墾地へ入る。そこは堰堤工事廃止で行き場をなくした人足たちが郡奉行の許可を得て住み着いた場所である。請け頭の「じゅうそ」という男は親切に受け入れてくれる。しかし暮らしも開墾の仕事も大変厳しいものだ。

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ななえがその夜は気持ちがたかぶり、自分は主水正の足手まといだと嘆く。ななえの流産した子への執着から主水正自身の堰堤への執着を思う。殿も殿で戦っているのだから自分も立つべき所に立ち、目前の仕事をやろうと気持ちを新にする。城下との往来は暫く絶えていたが、津田大五がやって来、懐かしさにおもわず手を差伸べる。

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江戸から帰った大五に、持って来てくれた金で物資を買って届けるよう頼む。江戸では、御新政の威力を示すかのように家臣や富豪、大地主などに対し経済的圧迫をしている。いずれ主水正も手をつけようとしている御用商の五人衆制度も停止にした。江戸の松二郎様の様子を聞き、二人とも同じ嫌疑を持っていることを確かめ合う。

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城中のことは岩上六郎兵衛、城外のことは大五が事のなりゆきを見るという。事を荒立てない御家風のおかげか、石原村で斬った五人の死体は疑われることなく、相討ちの斬り死に扱いとなる。じゅうそと和八がやって来て、新畠から三人が脱走し、おまけに奉行所からの給与金をも騙し取っていったという。偶然の符合で大五の金をまわしてもらうことにする。

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掘立小屋の冬は厳しく、家族は次々と風邪をひいてゆく。幼い小太郎が熱で苦しむ姿は見るに堪えなく、主水正は開墾の仕事を一日も休まない。男は妻子への恩愛に縛られず、独りでなすべき事をなさねばならないと自戒する。大五の金で新畠はひと息つくが、それでも逃げ出す者がある。岩上六郎兵衛が訪ねて来、白壁町に放り出した死体は深い詮索を受けなかったが、江木丈之助の弟だけがそれを承服せず、かなりさぐり廻ったらしいと伝える。

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岩上はさらに滝沢兵部や谷宗岳の近況と、六条一味が密偵制度を敷いたことを知らせる。主水正は殿の御出府についていく決心を語るが、主水正を中心に皆考えているから慎重に、動かないよう忠告する。或る夕方、馬に乗った妻のつるがやってくる。思いがけず、懐かしさと心に沁みる感動があった。その八日後、笹原を起している主水正が異変に気付き、行ってみると小太郎が冷たい川に落ち、心臓をやられて亡くなる。

第19章

【縄屋半六にて】

牡丹屋を除く4人の元御用商人たちが、料亭「縄屋半六」にひそかに集まる。御新政によって、自分たちの仕事が卍屋に移った。それは初め領民に歓迎されたが、しかし買い付けに来る商人たちに振り回され、さらに卍屋の借金に苦しめられるようになった。事態を変えるために三浦主水正をあてにするが、居所も生死もわからない。流れの強い時、勾配の急な川底では石までが転がるというたとえ(どんなことをたとえているのか?)

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江戸麻布の谷町にある長屋の一室、主水正が津田大五と話す。六条一味は政権を握り政治改革を試みたはずだが、上方の資本力に縛られてしまい、卍屋の思うままにされている。寛政の大火の時に東照宮修築費用を上方から借りたと見せかけ、実は五人衆が貸し出し、利息を得ていたが、その利得が外に出ず領内にとどまったことは現状よりましだとみる。

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3年前藩主の上府についてきた主水正は、その藩主つまり現在上屋敷にいる藩主は松二郎さまだろうと推察している。大五は国許の様子、滝沢兵部、安西左京の後任・浪岡五郎太夫のこと、それにななえとつる、主水の弟の小四郎の近況を伝える。

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主水は長屋に住み、ぼて振りで野菜や魚介を売り、また夜なきうどんも売り歩いた。その長屋の向かいに住む姉妹、おとしとお秋がいろいろと世話をやいてくれる。どちらも婚期をのがし仕立物で生計をたてている。ある日妹のお秋が、主水のところに嫁に来たい人がいると云ってくる。

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お秋とおとしの生き方から、条件に生活を支配されるもの、支配されず自分たちの生きたいように生きるものの二つの生き方を見、主水も支配されず、やりたいようにできるかと自問する。大五から相良大学が下屋敷詰めになり、この好機に、下屋敷から殿を連れ出し上屋敷に移す計画を伝えられるが、主水は時期尚早という。

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主水は油断なく情報を得る一方、人目につかないよう気を付けている。お秋は主水のことをこんな長屋住まいの似合わない「隙のない人」「仇討ちでもするのか」という。主水は佐佐義兵衛からの手紙で岡場所の亀屋庄助の店に行き、佐佐、高森、庄田信吾と会う。庄田から殿が落馬し、かつて侍医だった横田鶴良を呼んだと知らされる。

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鶴良と示しあわせて下屋敷の殿が昌治であることを確認できた。上屋敷では松二郎を隠居させ、その子新太郎を跡目として公儀へ願い出ようとしているらしい。その座に大五も現れ、もう待ってはいられないと、昌治を上屋敷へ連れ出す計画の実行を決める。しかし佐佐が敵か味方かを確かめる必要があり、主水正が二人きりで問い詰めると、堰堤工事妨害は昌治が佐佐に指示したことだったとわかる。

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