山本周五郎「花匂う」作品の魅力にせまる、雑感1
先日「花匂う」をYouTube にアップし、ただいま「山本周五郎『花匂う』に学ぶ人生哲学」という動画を制作中です。近日中にアップする予定ですが、音声で語るにはちょっと遠慮を感じる雑感をこちらに載せようと思います。
主人公の直弥が、部屋住みで一生を厄介者で送らなければならないと覚悟し、領内の風土資料の記録を思い立った時、それは自分の興味にかなったことであるし、衣食には一応困らないので、ーー「諦めてみればかなり仕合せな境遇だ」と彼はしばしばこう思って苦笑したーーというくだりがあります。
自分はこれにとても共感しました。攻める人生の幸せもあるけれど、運に恵まれない者は無理せず、直弥のように考えるのも幸せを感じる手立てだと。
周五郎自身はどうだったのだろうかと思いました。純文学を目指していたようですが、菊池寛と衝突し、菊池の息のかかった大手出版社からの出版は望めなくなり、いわゆる大衆雑誌の「講談雑誌」「講談倶楽部」や年少者向けのの「キング」などに載せていた。それでも矜持はあり、文学だってとにかく面白くなくてはならないと、そういう作品を心がけて書いていたと、どこで読んだか忘れましたが、そんな解説がありました。
自分が周五郎の作品に心惹かれるのは、そういった裏に生きる人の気持ちがよく描かれている作品があるからです。(もちろんそればかりではなくバランスよくいろいろなジャンルがありますが)そして、ある作品では運が巡ってきて表の幸せを得たり、またある作品ではそのまま滅びたり、裏のままの人生を送る。人生ってそんまもんだよなぁ、などと思えるからです。
きっとこれからも、いろいろな周五郎作品を朗読していくと思います。そしていろいろな人生に出会っていきたいと思います。ありがとうございました。


「雑感」に対応するかたちのコメントもよろしいでしょうか。
「雑感」1,2 順序が逆になってしまいました。「雑感1」を下書きのまま公開するのを忘れていました。つじつまの合わない感じですね。
ぜひ、コメントをお寄せ下さい、お待ちしております。
<直弥>の生き方に共感する旨、とても心に響きます。郷土の地誌作成という自らの居場所選択も、地図好きの私にとってはとてもナイス!なものでした。その上で郡奉行とくれば納得ですね。
ところで、ここでのご高察は、かの子『明暗』に込められた強いメッセージ性にも共通するものと思います。《梅の樹に梅の花さくことわりをまことに知るはたはやすからず》 このラストは感動的でした。
人生地図のひとところでも変えてしまっては今の自分自身ではない。自らの立ち位置について強い肯定感を持つことで、他との絶妙な距離感も意識できるようになれる。その上で自分なりの小さな花に満足するのも一興でしょうし、他の花の美しさを堪能することも可能になりますね。<直弥>は<半兵衛>の洞察力に救われました。
朗読を楽しむににとどまらず、文学作品についてその良さを味わえた上でこのようなやり取りをさせていただくこと幸甚至極の思いです。
井澤忠次(tad esan)様
コメントをありがとうございました。<直弥>の生き方には賛否の声がありそうですが、自分の居場所を肯定できれば、それは幸せだろうと思います。この考えが岡本かの子の「明暗」に通じるとは、なるほどと膝を打ちました。朗読で自分が取り上げる作品にはどうも共通するものがあるようです。井澤様は丁寧に聴いて下さり、しっかりと作品のもっているものを受け止めてくださるので、朗読してよかったなぁとしみじみ思います。いつもありがとうございます。