人の《業》を描く「将監さまの細みち」
長年いつか読んでみたいと思っていた作品「将監さまの細みち」をとうとうYouTube にアップ致しました。あまりに切ない結末に、読むのをためらっていました。
10年ほど前に長山藍子さんの朗読をCDで聞いたときには、主人公《おひろ》の気持ちに寄り添って聞いただけだったと記憶しています。今回自分が朗読してみて、登場人物それぞれの気持ちが立ち上がってきて実に興味深い作品だと改めて感じ入りました。
たとえば、4歳の政次が前の晩帰って来なかった母を、梨の木の下にぽつんと立って待っていた場面には、思わず胸がつまりました。動画制作のために何回か聞きなおすのですが、母を慕い不在の寂しさを体中にまとう幼子の姿が立ち現れて、聞くたびに涙が出そうになったのです。
また岡場所で共に働くほかの女たちの、自分よりいくらかでも幸せのある《おひろ》への嫉妬心。ところが当の《おひろ》は、外からうかがい知れない不幸を抱えているから、ほんの少しでも情けをかけてもらえると、その暖かな思いやりに胸が熱くなる。そんなささやかなエピソードが随所にあって、ずっしりと胸に応えました。
そしてなんといっても良人の《利助》。この男の狡さ、弱さゆえのさかしさが赤裸々に描かれています。この男の弱さゆえの卑劣さが人間臭くて、むしろこちらの方が主人公ではないかと思えるくらいでした。この男は相手の気持ちを察して、先回りし自分の優位を図る。おひろとの結婚の時も、妻から別れ話を持ち出されると直感した時も先回りをしました。周五郎氏はそんな人間の《業》とも言える、弱きものの性根を見せつけてくれました。
一方強い男、常吉は、とてもおうようで情け深い男として描かれています。しかも2年もの間《おひろ》の行く末を心配して捜してくれていたなんて、お金もたっぷり持っているし、堅実な商売もしている強者です。ただ少々気になった表現が、「なにもかもおれに任せて、おれのするとおりにしていればいいんだ」。これはおひろへの優しさや愛情から出た言葉ではあるけれど、少々横暴にすぎ、女性が庇護されるだけの存在と認識していることが、この男の魅力を損なっているように思われました。
《おひろ》は心の優しい女性です。先ごろアップした「御馬印拝借」に登場した《信夫(しのぶ)》という女性も心根がとても優しく「否」と言えない。それは美徳だけれど、周りの人の幸せのために自分が犠牲になってしまう女性たちです。周五郎氏の作品にはそんな女性が数多く登場します。さきごろアップした「鶴は帰りぬ」の《おとわ》も家族のために《実》への愛をあきらめようとします。
これが発表されたのは昭和31(1956)年。少し時代を遡っただけで(母や祖母の時代に)「どうしようもない」とすべてをあきらめ、受け入れて生きていた女性や男性が多く存在したでしょう。この作品はそういう市井の人々の心を打ち、共感を得ただろうと思われます。現代を生きる自分たちには、いかにももどかしく、時に腹立たしくさえ感じますが、今とは大きく異なる時代を生きていた女性たちの生きざまを思うとともに、時代や社会が変わっても変わらない、人間の性根に向き合うことになった作品でした。ありがとうございました。


いつも有難うございます。昔からの日本人の感性や生き方などが感じられて、いいなぁと思って聞かせていただいております。
高畑一郎様
コメントをお寄せくださり、本当にありがとうございました。返信が遅くなり申し訳ありませんでした。いつもご利用くださるとのこと、とても嬉しく思います。これからも日本人の「美意識」のようなものが感じられる作品を読んでいきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。